元気の雑学

2010年11月30日公開分

Vol.8今年はビタミン発見100周年

はじめに

今年はビタミンが発見されてから100周年にあたります。ビタミンの中で一番最初に発見されたのがビタミンB1です。つまり、ビタミンB1が発見されてから今年でちょうど100年になるということです。そこで、今回はビタミンB1がどのように発見されたかについてご紹介します。

日本人が古くから悩まされた脚気

ビタミンの研究の第一歩は1897年にオランダのエイクマンが「ニワトリの脚気症状を米糠で治癒することを認めた」ことにあります。
脚気は古くは奈良時代から知られ、人々を悩ませていました。
江戸時代、徳川家光の時代になると、玄米や麦飯から精白米が普及し、元禄・享保(1688年〜1736年)の頃、「江戸わずらい」という奇妙な病気が話題になります。江戸に来た武士や、農村から奉公に出てきた人たちの間で、江戸でしばらく生活すると体がだんだんだるくなり、足がむくみ、やがて心臓を悪くし、ついには死に至ってしまうという病気が流行したのです。江戸を離れると回復に向かうことから「江戸わずらい」と呼ばれていました。この病気は当時、原因はわかりませんでしたが、精白米を主食とし、副食をあまりとらないことでビタミンB1不足に陥ってしまう、後の「脚気」という病気だったのです。

明治時代になるとますます精白米の利用が盛んになり、脚気は国民病とまでいわれるようになりました。軍隊の間でも脚気は深刻な問題でした。過剰な白米の摂取とタンパク質不足が脚気の原因と考えた海軍の軍医、高木兼寛(かねひろ)は、パンと肉を中心とした洋食に切り替え、脚気を激減させました。しかし、白米主義に徹していた陸軍は、日露戦争下での脚気による死者が戦死者の半数を超えるという大打撃を受けました。もし、海軍が白米主義を通していたら、日本は日露戦争を勝利に導けなかったかもしれません。

脚気の原因究明がビタミンの発見へ

米を食べる地方では日本と同様に脚気に悩まされていました。
オランダのエイクマンは、ニワトリが精白米の餌のときには、脚気症状が原因で死んでしまったが、脚気が治ったときの餌は玄米であったことに偶然、気がつきました。1906年、炭水化物、脂質、タンパク質、無機質とは違った性質をもつもので、健康上欠くことのできない物質の欠如が脚気を引き起こすと考えられました。
1910年東京帝国大学農科大学(現在の東京大学農学部)農芸化学者・鈴木梅太郎博士は米糠から脚気に効く物質を取り出すことに成功し、アベリ酸と名づけ、その年の12月13日の東京化学会例会で報告し、翌年、論文を発表しました。それが現在のビタミンB1にあたります。世界で初めて発見されたビタミンでした。しかし、論文が日本語だったため、国際的には認知されず、1911年に、鈴木梅太郎博士が発見した同じ物質を分離したポーランドのフンクが、その物質を、生命の「vital」と窒素化合物の「amine」から、ビタミン「vitamine」と名づけ、世界的に広まったのです。(現在ビタミンは末のeをとって「vitamin」と表記されます。アミンではないビタミンの存在が認められたためです。)ですから、命名こそできなかったものの、人類初のビタミン発見者は、日本人だといえるのです。そして日本では鈴木梅太郎博士がアベリ酸を報告した12月13日を「ビタミンの日」としています。

現在の飽食の時代、めったに脚気のようなビタミンB1欠乏症はみられなくなりました。しかし、欠乏するほどではなくても不足している状態(潜在性ビタミンB1欠乏症)の方は多くいるといわれています。潜在性ビタミンB1欠乏症では倦怠感などの症状を有します。何だか最近疲れやすいと感じる方は、ビタミンB1発見100周年の今、ご自身の栄養バランスを見直してみてはいかがでしょうか。

こちらからビタミン各種の働きなどをまとめた一覧表をご覧頂けます。
どうぞ皆様の健やかな生活にお役立てください。

ビタミン一覧表

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